東京高等裁判所 昭和29年(う)703号 判決
被告人 阿部恒
〔抄 録〕
控訴趣意第一点乃至第三点について。
被告人が地方公務員である警視庁巡査八木敏夫に対し二回に亘り原判決摘示のような記事を掲載した「人民の兄弟」と題する印刷物を交付した事実は、原判決挙示の証拠によつて肯認することができ、記録を精査してもこの点に事実の誤認はない。而して原判決が証拠として引用している右「人民の兄弟」の原判示記事は、その文面自体より見て、警察官吏に対し職務の執行を拒否すべきことをそそのかす意図の下に書かれたものであることが明らかであり、これを読んだ警察官吏がその影響を受けて怠業的行為に出る危険がないということはできない。又原審及び当審の公判廷における証人八木敏夫の供述によれば、被告人は数年前から東京都内新宿駅附近でこの種印刷物の頒布に従事して居たこと及び被告人が右八木巡査に右印刷物を交付した際同巡査は警視庁巡査の制服を着用して勤務中であつたことが認められるから、被告人は右印刷物の内容及び八木巡査の身分関係を知りながら、同人に右印刷物を交付したものと認めるのが相当であつて、このような事情の下に右のような記事を掲載した印刷物を地方公務員である警視庁巡査に交付する行為は、地方公共団体の職員に対し地方公務員法第六十一条第四号にいわゆる地方公共団体の機関の能率を低下させる怠業的行為をそそのかすことに該当するものというべく、このような行為は、憲法第二十一条により保障された表現の自由の限界を逸脱するものであつて、これを犯罪として処罰することは何等右憲法の規定に違背するものではない。それ故論旨はすべて理由がない。
註 原判決の認定した巡査に配布した「人民の兄弟」の内容は「戦犯は誰だらう」と題し「全国の警察幹部諸君、諸君の進むべき道は明らかにただ一つしかない。それは人民と共に自身をも含めてその利益のためにたたかうということである。そのために諸君は外国帝国主義者や売国政府の命令をただちに拒否しなければならない。これらをたくみにサボツテ『民族独立のたたかい』に積極的に参加することこそ諸君に課せられた当面の任務である。」(以上NO8)、「言論の弾圧と下級警察官の立場」の題下に「売国奴どもはまたまた人民新聞弾圧を計画してスパイにやつきとなつている。下級警官は売国奴の仕事である。これらの調査も報告も押収も逮捕も断乎として拒否しなければならない。」(以上NO9)